review 0047 : ウール ダプサンス / HEURES D’ABSENCE
【香水名】ウール ダプサンス / HEURES D’ABSENCE
【ブランド名】ルイ ヴィトン / LOUIS VUITTON
【発売年】2020年2月27日
【パフューマー】ジャック・キャバリエ =ベルトリュ
【香りのノート】フローラルノート
【キーとなる香り】
ミモザ、ジャスミン、ローズ、ペルー産バルサム、サンダルウッド、ムスクノート
【レビュー対象商品】 オードパルファン 100ml 33,000 円(本体価格)
※発売時は32,000円 2020年3月上旬に価格改定
※レビュアーが実際に試香した製品のみ記載しています。価格はレビュー当時のものです。
【オフィシャルサイト】 https://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/products/heures-dabsence
2016年に『旅』をテーマに発表されたルイ ヴィトンのフレグランス。今年、2020年2月27日に新作『ウール ダプサンス』が加わり、全21種類となりました。1927年にオリジナルが発売されたこの香りの処方についてはわずかな文献しか残っていませんでしたが、ルイ ヴィトンのインハウスマスターパフューマーのジャック・キャバリエ=ベルトリュは、彼の最愛の街、生まれ故郷のグラースの花々の香りを生かした新しいルセットでその香りを現代に蘇らせました。ボトルはこれまでのラインナップと同じ、古風な香料瓶をモチーフにしたデザインで、ジュース(香水の液体)のカラーは明るい菫色です。この色は、フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルターの描くナポレオン3世妃、皇后ウージェニーの肖像画のドレスの色である アンペラトリス ヴィオレ(皇后の菫色)を思わせます。1854年、パリのカプシーヌ通りに店舗を開いた時からルイ・ヴィトンは小箱作り及び梱包業社として皇后ウージェニーに仕えていたという、ブランドの歴史を感じさせる色です。
ボトルを手に取ってふわりとスプレーすると、まず最初にグラースの旧市街で味わえるスミレのアイスクリームを口に含んだ時のひんやりとしたスミレの花の香りを感じます。間を置かずにスミレの花の砂糖漬けを口に含んだ錯覚を覚えるような、青みを感じるフローラルノートと軽いスイートな香りが広がります。そしてグラース産のセンティフォリア ローズの甘酸っぱいローズ香と、グラース産のジャスミン グランディフロラムのバナナやパイナップルの様なフルーティでありながらも妖艶な香りが、入れ替わり立ち替わり泉のように湧き上がってきます。微かなパウダリーノートは南仏で「冬の太陽」と呼ばれ愛されているミモザの花の香りです。地中海に面する街、モンドリュー=ラ=ナプールから山間のグラースへと続くミモザ街道では、毎年1月には山全体がミモザの花で黄色く染まる、その明るさを感じさせる香りです。
ルイ ヴィトンのアイデンティティでもある革の香り、レザーノートを使用していない『ウール ダプサンス』は軽やかな香りですが、スプレーした肌は万華鏡のように煌くフローラルノートに香り付けられます。全身にたっぷりとつけても強くならず、香りの立ち方は上質なランジェリーに包まれているような満足感があります。今回、ジャック=キャバリエ=ベルトリュ自身も、他の香りとのコンビネゾンを意識して創作し、これまでに発売された20種のルイ ヴィトンの香水と重ね付けしたり、組み合わせて使うことがたのしめます。
今回もローズとジャスミンは、CO2超臨界抽出法で抽出された香料が使用されています。それぞれ、1リットルが約1,200万円と約1,700万円という最高級品です。そしてミモザの香料も、咽せるようなワイルドさは和らげられて、透明感のある洗練された香りです。一流の画家がパレットに出す絵具を十分に吟味して選ぶように、パフューマーも自らのオルガンに並べる香料を丁寧にセレクトします。香料会社の役割は非常に重要で、パフューマーの求めに応じて香りの分子レベルで香料を調整する技術を持っています。パフューマーの求めに応じて、天然香料から雑味だけを取り去ったり、特定の香り成分が強調されるようにしたり。そのパフューマー、そしてブランドの為だけのオーダーメイドの香料が生まれます。パフュマー、香料会社、花生産者など、香水業界の関係者同士が何世代も前からの付き合いであるグラースだからこそ、求める最高の香料をその地で生産できるのです。
『ウール ダプサンス』は男性が纏っても素敵な香りです。そして女性が纏えば、ナチュラルでありながら華やかなウージェニー皇后のイメージに重なります。
私の好きなコンビネゾンは二つ。一つ目は『ル ジュール ス レーヴ』と『ウール ダプサンス』。2種類のジャスミンとオスマンサス(金木犀)、ローズ センティフォリア、ボタンの明るいフローラルブーケの香りになるコンビネゾン。二つめはジャック・キャバリエ に「やはり君の好みはこれだね」と言われた『ミルフー』と『ウール ダプサンス』。レザーとラズベリーを中心に98種類の香料をブレンドした『ミルフー』の幻想的な華やかさにナチュラルな優しさが加わります。
1920年代にルイ・ヴィトンがイル=ド =フランスに所有していた別荘の名前でもある『ウール ダプサンス(=余暇の時間)』。そして『ウール ダプサンス(=Heures d’Absence)』は「不在のとき」でもあります。船舶などの定期便が航行しない時間のことも『ウール ダプサンス』。2020年初めから、未知のウィルスが世界中に感染拡大することになりました。その影響で現在、思う通りに物事が進まない方も多いでしょう。普段と違う生活を余儀なくされて、ぽっかりと生まれた空虚な時間もあることでしょう。今年のミモザの季節は人生における余暇の時間かもしれません。その余暇をどう過ごすか。2015年の冬、パリのグランパレで開催された『VOLEZ VOGUEZ VOYAGEZ 展』(同年春に東京でも開催)の『ウール ダプサンス』の展示室の、書棚トランク(=LA MALLE – BIBLIOTHÈQUE)は見事でした。中にはUNDER WOOD社製タイプライターが収められ、美しく装丁されたたくさんの本が並べられて、執筆や読書をこよなく愛したルイ ヴィトンの孫息子、ガストン – ルイ 自身の、ストーリーを語り、感情を表現するという生き方を感じさせてくれました。おやすみの日に寝巻きで1日何もせずに過ごすか、お部屋を掃除をして丁寧にお茶を淹れて読みたかった本を読んで過ごすかで、翌日の気持ちは大きく異なります。『ウール ダプサンス』は、丁寧に整えたひとときを邪魔することなく、穏やかに明るく過ごすための香水です。
時代を読み発信することが一流ブランドの条件であるならば、今年この時期にこの香水が発表されたことには大きな意味があると思うのです。
レビュアー 地引 由美 Yumi JIBIKI 2020年3月