review 0031 : オンブレ ノマド / ルイ ヴィトン
【香水名】オンブレ・ノマド / OMBRE NOMADE
【ブランド名】ルイ・ヴィトン / LOUIS VUITTON
【発売年】2018年
【パフューマー】ジャック・キャヴァリエ=ベルトリュード / Jacques Cavallier=Belletrud
【香りのノート】ウッディオリエンタル
【香りのポイント】バングラデシュ産ウードウッド、センティフォリアローズ、ジャスミン、ラズベリー、フランボワーズ、ベンゾイン
【レビュー対象製品・価格】オードゥパルファン 100ml ¥41,000(本体価格)
※レビュアーが実際に試香した製品のみ記載しています。価格はレビュー当時のものです。
『オンブレ・ノマド』は、『ルイ・ヴィトン』からこの夏発売されたばかりの新しい香りです。調香は、調香界のモーツァルトと表されるジャック・キャヴァリエです。彼の名前に記憶が無い方でも、ブルガリプールオム(ブルガリ)、ロードゥイッセイ(イッセイミヤケ)、ポエム(ランコム)、クラッシク(J・P・ゴルチェ)等の香水はご存知でしょう。これらは全てジャック・キャヴァリエの作品です。祖父も父も調香師という家系に生まれたジャック・キャヴァリエは、8歳の頃には調香師を志していたそうです。そんな彼が『ルイ・ヴィトン』のインハウス・マスター・パフューマーに就任したのは、2012年のことです。その後4年間にわたり世界中を巡り、「旅」をテーマにしたフレグランスコレクションを完成させました。
『オンブレ・ノマド』をスプレーした瞬間目の前に広がるのは中東の砂漠。強い太陽に照らし出されるノマド(遊牧民)、風になびく黒いヒジャブ、隊列を組むキャラバン、乾いた砂と香油の甘い香り…『オンブレ・ノマド』とは「陰影の遊牧民」という意味です。ジャック・キャヴァリエは、強い太陽に照らし出されるノマドの光と影を香りで表現しています。
この香りで先ず特筆すべきは、類い稀なる芳香のバングラデシュ産ウード。最近の香水は、どちらかと言うと軽めの傾向にシフトしているようにも思えますので「ウード?オリエンタル?ちょっと重くて苦手だわ」とおっしゃる方もおいでになると思います。しかし、『オンブレ・ノマド』の香りは特別なウード、特別なオリエンタル。他のどれとも違うバランスのとれたウードの多面性のある香りに必ず魅了されます。
最初の印象は「蒸し暑い夏の夕暮れ時に纏いたい…」湿度の高い日本の夏とウード、真夏にオリエンタル。無謀にも思えますが、驚くほど違和感が無いのです。ともすれば重く感じがちなウードが一番心地良いところで、それはそれは素晴らしくバランスのとれた形で香ります。センティフォリアローズ、ジャスミン、フランボワーズ、ラズベリーなど主役級の香りたちは、バングラデシュ産ウードの裏方に徹しています。
ジャック・キャヴァリエは、これらの花々やフルーツの華やかな香りを「砂漠のオアシス」と捉えています。強い太陽で熱せられた砂の香りを思わせるようなウードの中に散りばめられたきら星のような香りたちは、正に砂漠に点在するオアシスそのもの…必要不可欠な存在です。時間の経過と共に感じるバニラのようなまろやかな甘さは、恐らくベンゾイン(安息香)でしょう。揮発速度が遅いベンゾインはラストノートでウードと混ざり合い、何とも言えないリラックス感や幸福感を感じさせてくれます。『オンブレ・ノマド』の深く心地良いウードの香りは、エキゾチックでありながらどこかに「和」の雰囲気が漂います。幼い頃に感じた「大人の香り」を思い出させてくれます。祖母の着物姿、引き出しの中の匂い袋、夜のあらたまったお出かけ…記憶が次々と蘇ってきます。
砂漠の日没直後の空をイメージさせるような濃い茶色のボトルも、神秘的な香りを期待させてくれます。足首にワンプッシュするだけでしっかりと香り立ち、美しく深いウードの香りが身体の奥深くに染み込んでいくようです。そしてその心地良さは、一日持続します。心のどこかにいつも『オンブレ・ノマド』のウードが漂っているような錯覚に陥り、この香りの虜になります。まるでジャック・キャヴァリエの操る魔法の絨毯に乗って、中東の国々へ一飛びしたような気分。ある意味目の前で映像を見せられるよりも生き生きと、その情景が浮かびます。
最近、香りの好みが少し変わったと感じています。世の中の「軽めの香り志向」とは逆行するように、重めの香りに手が伸びるようになりました。年齢のせいなのか…香りの経験値が増したせいなのか…『オンブレ・ノマド』との出会いで、自分の「オリエンタル好き」が確固たるものとなったように思えます。
これから空気が徐々に冷たくなりコートを羽織る季節が訪れれば、オリエンタルノートの出番です。そんな時『オンブレ・ノマド』をスプレーすれば、スモーキーなウードの香りが暖かみを与えてくれます。そして瞬く間に中東の旅に誘われ、天才ジャック・キャヴァリエを体感することになるでしょう。
レビュアー 田中 香 Kaori TANAKA 2018年9月