review 0008 : アンブル ニュイ / クリスチャン・ディオール
【香水名】アンブル ニュイ / AMBRE NUIT
【ブランド名】クリスチャン・ディオール / CHRISTIAN DIOR
【発売年】2009年
【パフューマー】フランソワ・ドゥマシー / François DEMACHY
【ノートの分類】スパイシーアンバリックローズ
【香りのポイント】ベルガモット、ローズ、アンバー
【レビュー対象製品価格】125ml 31,500円(本体価格)
※実際にレビュアーが試香した製品のみ記載しています。価格はレビュー当時のものです。
『アンブル ニュイ』は、ディオールの美学、職人技、熟練のスキル、才能を詰め込み表現した、専属調香師フランソワ・ドゥマシーの『ラ コレクシオン プリヴェ』シリーズの作品のひとつである。ディオールの香水はその原材料となる天然香料等のこだわりが素晴らしい。香水の聖地である南フランス、グラースに調香師のメゾンを構え、またグラースで丁寧に育てられた植物から抽出された香料を使用。グラースにある専属契約畑を訪問し、人々、花々と接し現場を体験した感動は今でも鮮明で今後再訪もする予定だが、それはまたの機会にお話ししたい。このコレクションの香料も、フランソワ・ドゥマシーが厳選した世界中の貴重で贅沢なものが使用されている。
クリスチャン・ディオール自身の香りへの想いが今なお生き続けていることにまるで香水専業のメゾンだったかしら…と勘違いしてしまう程の素晴らしい数々の香水。洋服もドレスも素晴らしい品質、デザインを誇る歴史のあるディオールであるが、香水もそれらに引けを取らず輝かしくシックに存在している。今回はアンブル ニュイと向き合ってみたい。
ディオールの店内を思わすかのような真っ白い円柱の形をしたボックスにシンプルに名前が入っている。上部を開けると、中からも無駄のないすっきりとしたボトルが登場する。どこか日本の伝統文化の研ぎ澄まされた究極の美に通じる、無駄を一切省いた必要最低限だからこその厳選された美しさのニュアンスを感じる。手に取った感触も重厚感があり世界観を裏切られない。
香りに出逢った時の第一印象は、タキシードをカッコよく着こなす男性と女性であった。ただ、それだけでは表現しきれないもっと深い何か感じていた。なんだろう。謎めきを感じいつも探り出すように、新たな何かに気付きたくて夢中になるのだけれど、なかなかたどり着けない・・・簡単にはその世界を見せてくれないのね。でもそこがいいの。と心の中で繰り返す。
スプレーしたトップの香りは、ベルガモットの高貴な透明感にピンクペッパーの風味のあるスパイシーさがピリッときいて、何故か映画007を思い浮かべてしまう。007の独特の音楽が流れてくるよう。女性らしさ・男性らしさを超越した、これから何が起こるのだろうとワクワクするエネルギーが強い、そんな幕開けである。
ミドルになると、秘密の奥深い場所に連れて行かれ中に入るとローズとアンバーのタンゴが繰り広げられているかの様な色気を感じる。エキゾチックなローズが華やかに貫録を魅せアンバーはクールに振る舞う。それぞれが表に出ては下がり、また一緒に登場してきて二つの体温や湿度がからみ情熱が表現される。ここで、いつも自ら肌に鼻を近づけてしまう。毎回、感性を刺激されるとともに、虜になる時間である。
ラストはミドルの情熱に、少しの甘みとパウダーが加わった只者ならぬローズとアンバーが残る。そしてパチュリの低音が響きグアヤックウッドがきりっと締まる。これがとても深い。そしてあたたかく、いつまでも包まれていたい。簡単には届かないけれど優しくしてくれる。これは何?
その謎が、なんとなく解けることがあった。
2017年はクリスチャン・デイオール創業70周年。パリ装飾芸術美術館にて ” Christian Dior, Couturier du rêve” 『クリスチャンディオール 夢のクチュリエ ディオール創業70周年回顧展』が開催されているということで行ってきたのだ。クリスチャン・ディオールの幼少の頃から現代までのあらゆるテーマが展示されていた。300点以上のオートクチュールのドレス、靴、帽子、ジュエリー、バッグ、香水、生地、写真、スケッチ、メモ、広告等々。香水の展示もあちらこちらにあり、更に香水関連のみの展示スペースがあることに香水制作への本物さを感じずにはいられなかった。クリスチャン・ディオールの精神を継ぐ歴代デザイナー達の数々の作品もあり、そこには継承と各々の独自のスタイルの表現があり彼らの偉大さにも心を奪われた。初公開の作品も多数。
クリスチャン・ディオールのスピリットなんだ、この深さって。前述したが、第一印象がタキシードをカッコよく着こなす男性と女性、としたが、ラストのあの深さは、オートクチュールのこれまでに見たこともなかったデザインのドレスのラインだったり生地の質感だったり、見ていて恐くなるほどの迫力のデザインの空気感だったり、携わる人々の真剣な想いだったり。また香水制作の誇りだったり。
それらの「気」がラストの深みにとてもフィットしている。ディオールの世界観なんだ、と妙に納得してしまったのである。謎めきを感じていた部分は崇高なメゾンの作品であり歴史や誇り。そして今後も継承と進化をしていく美しいエネルギーや感性が香り、これからも謎めきを与え続けてくれるであろうという期待感が美しく漂う。
個人的に『アンブル ニュイ』は、仕立ての良いもので身を包んでいるときに纏う香り。オペラ鑑賞に出かけたくなったり、あらゆる文化芸術に積極的に触れたくなる。映画鑑賞にも良いかな。映像がまた違う視点で観られるように思う。感性が研ぎ澄まされる感覚が香りにあるから。
この香りを纏っているとワンランク上のものに巡り会え、またそこへ連れて行ってくれる。そして自分の表情をエキゾチックにクールに変えてみたいとき、『アンブル ニュイ』の出番である。
レビュアー 五郎丸 惠(ごろうまる めぐみ) Megumi GOROMARU 2017年10月