review 0021 : レールデュタン / ニナ リッチ
【香水名】レールデュタン / L’Air du Temps
【ブランド名】ニナ リッチ / NINA RICCI
【発売年】1948年
【パフューマー】フランシス・ファブロン / Francis FABRON、ロベール・リッチ / Robert RICCI
【香りのノート】フローラルスパイシー
【香りのポイント】ベルガモット、ローズウッド、カーネーション、ローズ、ジャスミン、ヴァイオレット、アイリス、イランイラン、サンダルウッド、ブラックペッパー、クローブ、ベチバー、ムスク
【レビュー対象製品・価格】オーデトワレ 30ml 6,200円(本体価格)
※レビュアーが実際に試香した製品のみ記載しています。価格はレビュー当時のものです。
新緑の季節ですね。様々な花が次々と咲き誇り、一年で一番華やかな季節かもしれません。今回ご紹介致します『レールデュタン』は、カーネーションの香りと表される香水です。愛と平和の象徴として、ルネ・ラリックの息子マルク・ラリックがデザインした2羽の鳩のボトルは大変有名ですから、ご存知の方も多いのではないでしょうか。香水の歴史を語る上で忘れることのできない名香の一つです。
『レールデュタン』は1948年に生まれた香水です。第二次世界大戦が終結し、世の中が元気を取り戻し始め、ファッションの世界ではディオールやスキャパレリやバレンシアガが活躍していました。キャップの上で羽ばたく2羽の鳩は、様々な意味で解放され、自立し、飛躍しようとする女性の姿を表しているようにも思えます。
香りのお話を致しましょう。私の肌に乗せると持続時間は約5時間。スプレー直後に感じるのはバランスのとれた爽やかさ…まるで木洩れ日の中で、おろしたての白いシャツに袖を通した時のような清々しさです。花々の香りはまだあまり感じられませんが、遠くの方にクローブやブラックペッパーのスパイシーさがほのかに漂います。ベルガモット、シトロンの酸味も感じます。清楚な華やかさを期待させてくれる香りです。
20分ほどで尖った印象は姿を消し、徐々に花々が姿を現し始めます。カーネーションの可愛い渋み、開き始めたローズの若々しい青っぽい甘さ、イランイランがそれらを後押しします。『レールデュタン』の香りのハートが扉を開き始めます。時間の経過と共に香りはだんだんとまろやかになります。
2時間を過ぎた頃から、クローブやブラックペッパーのスパイシーチームの出番です。3時間を経過すると香りは静かに落ち着いていきます。私は体温があまり高くないこともあり、サンダルウッドの深い甘さは際立っては感じませんが、ベチバーの香ばしい甘さがほんのりと香ってきます。
トップノートからミドルノートへ劇的変化はありませんが、薄いベールを一枚ずつ剝がしていくように、香りは確実にラストへと近づいていきます。
纏われる方によっては「甘い」と感じられる方もおいでになりますが、私はあまり甘さを感じません。何よりも清楚です。飛び跳ねたくなるような活発なイメージではなく、気持ちを安定させてくれる香りです。少し気分が落ち込む日にも背筋を伸ばしてくれます。最近はキャンディーのような甘さを感じさせる香りが人気ですが、恐らくそれとは対極に位置する香りでしょう。
百花繚乱、大輪の花束というよりは、開き始めの清楚な小さなブーケを胸に抱いたよう…そんな印象です。吹き抜ける風が心地良い緑の季節、雲一つない晴れ渡った日よりも、陽ざしが雲に少しだけ遮られるような日に纏いたくなる香りです。
以前『レールデュタン』の印象について十数人の方々にご意見を伺ったことがあります。「やさしい」「明るい」という感想と共に、全員が「好き」とお答えになりました。『レールデュタン』は好感度の高い香りと言えるでしょう。年齢やシーンを選ばず気軽に纏う事ができ、尚且つ「きちんと感」をも併せ持つ香り…個人的には香水初心者にお薦めしたい一本です。
私にとって『レールデュタン』は忘れられない思い出の香水です。この香りを纏う度に、母との別れの日のことが鮮明に蘇り、胸が熱くなります。
香水とはファッションの一部であり、自己表現の重要な方法の一つです。しかしそれだけではなく、私にとって人生になくてはならないものです。香水はいつも思い出と共に在って、スプレーする度に思い出は瑞々しさを取り戻し、私の内面で「香りの熟成」が繰り返されます。
『レールデュタン』とはフランス語で「時の流れ」という意味です。クラシカルですが古くさくなく、名香と呼ぶに相応しい香水です。誕生からちょうど70年の「時の流れ」を経た現在も、色褪せることなく美しく存在しています。
レビュアー 田中 香 Kaori TANAKA 2018年5月