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review 0020 : ガブリエル シャネル / シャネル

【香水名】ガブリエル シャネル / GABRIELLE CHANEL
【ブランド名】シャネル / CHANEL 
【発売年】2017年 
【パフューマー】オリヴィエ・ポルジュ /  Olivier POLGE
【香りのノート】ホワイトフローラル
【香りのポイント】ジャスミン、オレンジブロッサム、イランイラン、グラース チュベローズ
【レビュー対象製品・価格】オードゥ パルファム  100mL ¥18,500(本体価格)
レビュアーが実際に試香した製品のみ記載しています。価格はレビュー当時のものです。

 シルクジョーゼットのような透ける細い布で編まれた繭の中で目覚めた、裸身の若い女性が駆け出して行き、時に目に見えない力に引き戻され抗いながら、稲妻の下を、火花の中を、強い視線でただ前だけを見据えて走り続ける。ゴールドに輝くガラスの壁を肘で打ち破った時に、そこには上りゆく朝日が…。シャネルの発表した『ガブリエル』のPVは強いメッセージを伝えるものです。自らが創り上げた巨大なブランド「シャネル」と、または成功へ向かう端緒を掴んでからの愛称「ココ・シャネル」としばしば呼ばれるこの女性が、出生時に与えられた名前をタイトルにしたこの香水。洒落た隠し事や、成熟した人生に隠された秘密、そのようなものとはまだ無縁の、まっすぐなエネルギー。花の蕾が開き始めるのは誰にも止められない、そのような勢いを表現した若々しい香りです。

 公式サイトでは、オレンジ ブロッサム、イランイラン、ジャスミン、グラース チュベローズの4つの白い花の名前が挙げられています。オレンジ ブロッサムのフレッシュさとクラシックさを合わせ持つ香り。イランイランのフルーツのようなスイートな香りと、グリーン感。ジャスミンは香りのハーモニーの中にあってもそのエキゾティックな魅力をはっきりと感じさせています。
 そして何より『ガブリエル  シャネル』の香りを特徴付けているのはチュベローズの香りです。古くは「インドのヒヤシンス」と呼ばれていたように、現在の産地はインド、そしてエジプト、コモロ、モロッコ、チュニジアなどです。『No.22 』には処方されていましたが、1950年代まではグラースのあちらこちらでみられたこの植物も大量生産するには、弱く、収率が低いという理由で生産されなくなりまるで飾りものの様に見られていました。この花を復活させるために、まず1ヘクタールから。畝の間隔を十分に空けて、1987年からシャネル社と専属契約を結んでいるミュル氏の畑で生産を始められました。 
 2011年の9月。グラースに滞在していた時。市が主催するイベントのあるランチの席で、隣の席のご夫妻とお話をしていると「僕達の住んでいる場所の近くには香水のための花畑があるよ。行きたければ案内してあげようか?」と仰ってくださいました。天にも登るほど嬉しく、さっそく市役所の観光案内の小冊子でホテルを探して翌日にはグラースのホテルからその地域へと移動しました。「本社からの今年の花の状態のコントロール(=点検、検査)が終わってからでないと案内できないそうだから、もう少し待っていてね」と頼まれ、WI-FIを使用する時間分だけ都度購入するシステムの家族経営の心地よいホテルで仕事をしようとしてマダムから「あなたはパソコンを使い過ぎよ!」と叱られたりしたのも良い思い出です(笑)。街を流れる小川の清流に沿って、その小さな街をくまなく散歩して美味しいパン屋さんを見つけたり、教会と墓地の様子を歩いて確かめたり、ホテルの近くのレストランで食事をしたり。香水の神様から畑に行くまでにしっかり準備しなさい、と言われているような時間を過ごしました。
 連れて行っていただいた畑はジャスミンの花の真っ盛り。夜空に星を散りばめたようなジャスミンの花畑を車で移動していくと、広大な敷地のほんの一部がチュベローズに捧げられていました。
 「6株から育てて、ようやくここまで増やすことが出来たよ」と嬉しそうに話してくれた場所には何畝かの立派なチュベルーズの花が。すっと背を伸ばした様な茎につく象牙色の花は、きちんと15cm間隔で植えられた球根から芽を出します。水をたくさん必要とするので、1868年からグラースの人々が利用してきたシアーニュ運河の水を灌漑に利用しています。切られた後でも、48時間も重く、熱く、強烈で、蜂蜜の様に甘く、何より扇情的な香りの分子を発散しつづけるチュベローズ。ルネサンスの時代「若い女性は一人でチュベローズの花畑を横切ってはいけない」とされいたほどです。もちろん、花本来の香りの魅力に加えて、ラボでの抽出技術によって、最高品質の香料を取り出しています。2011年、シャネル社が「チュベローズを復活させる」と決めたその年に、シャネルの花畑でお話を聞くことが出来たのは、本当に幸運でした。その後何年かで「カラスが球根を掘り出すんだよ。食べられないのにね。」と笑っていらっしゃるほどに、生産も安定してきました。

 異邦人の様に(=パリの社交界とは別世界で育ち)、本当はか弱いのに、誇り高く顔をあげている様なチュベローズ。それは“ガブリエル シャネル”自身がもつ、自由な女性らしさをかたちにできる唯一の花なのです。シャネル専属調香師オリヴィエ ポルジュは、究極の白い花の香り、太陽のように燦然と輝くフレグランスを誕生させました。ラストノートになると、品の良い淑女の纏う様な香りになるのも、成功したシャネルの誇りを表現したのでしょう。パフュマーは、本当にマジシャンです。

 4つの花の中心にガブリエル・シャネルが居るような複雑に凹面を作られたボトル。高級ブランドに多く見られるガラスを厚くした作りではなく、逆に極力薄いガラスで仕上げています。その為に、ふと目に入った時、香水の液体だけがそこに存在するように見える瞬間があります。何にも守られずにそこにある、裸の香水。成功するという意志の他にはまだ何も持たずにいたガブリエル・シャネルの姿が重なるようです。

 キラキラと光を反射する複雑に計算されたボトルの中の液体は、自分の運命を勝ち取るための香水。シャネルの見た夢に、自分を重ねることができる香りです。

 

レビュアー 地引 由美 Yumi JIBIKI 2018年4月 

 

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